なぜ絵を見るのか

マティス展の公式ページに飛びます 自分といい勝負なぐらい汚い待ち時間表示 横のマティスとよく調和してました

大隈さんは125が好きな数字だったらしい e.g.大隈講堂の塔は125尺(約38メートル)らしい 紅葉した木と人は絵になるから好き
最近よく美術館に足を運ぶ。 今回は空き時間を利用して上野で開催されいる「マティス展」に行ってきた。 当然のことながら美術館に行くのだから何かしら絵画なりなんらかの美術品を目にするわけだけど、これって数年前の自分には考えられなかった事だと思うし、 自分の昔を知っている友人なんかに言わすと「えぇえ あのYasが絵を見るなんて!? このブルジョアめ!」とかなりビックリすると思う。
例えば日本の大学生生活時なんかは音楽は好きだけど絵はまったく見ない、見に行こうともしなかった。 その理由を思い出そうとしたがそれもよくは思い出せなかった。 ただ、当時の自分でも電車の吊り広告やKansai Walkerとかでなにか新しい展示をしているっていう事は知っていたと思う。 けど、そこで「あ、これ見てみたい」っていう自発的な行動は起きなかった。まったく。
まぁ今もある意味同じで特定のお気に入りの画家なんていないので、今回のマティス展も正直な話 別に「マティス」じゃなくてもよかったのだ(偶然友達が教えてくれた)。 だから同時期にやっている皇居の近くの美術館で展示している「日本の近代美史」ってのもでぜんぜん自分としてはOKだった。
ヨーロッパ圏に行く前の話だと、絵画というと高校の美術の教科書で載ってるのを見たぐらいなので、お気に入りという画家が今現在いないのはある意味普通なのかもしれない。 けど、それはそれとして 「そもそもなんで絵を見に行くようになったのか?」というポイントとはまったく話が変わってくる。
別にposhな気分に浸りたいとか、知的人ぶりたいとか、将来絵を描き始める参考にしちゃうとか そんなたいそうなことは全然考えてなくて ただ、
(1))自分の目だけで これはおもしろい!という作品を一品見つける(要は自分のお気に入りを探すが楽しい)

��2)画家が歳を重ねていくにつれて変わっていく絵の変わりようがおもしろい
なんかを思いながら美術館をウロウロしみるとおもしろかったりします。
一方、マティス展に関しては日本の美術館では初めてオーディオガイドを借りて解説付きでマティスの絵を見てまわったんだけど、最初は解説してくれるので楽に見れる〜と思い 実際なかなか快適だったんだけど、一度解説されちゃうと解説したとおりにしか絵を見なくなるのでガイドも良し悪しだなとも思ったりもしました。 
理想としては最初は知識ゼロでとりあえず見てみて、2度目にガイドがいいかも。 あ、けど自分が同じ展を2度行くとは考えにくいからなかなかこれもまた難しいかも。
ただ、マティスのオーディオガイドで印象に残ったのが、マティス自身 芸術のあり方として対象を富裕層だけ に限定したりせずも貧しい人にも絵のおもしろさを伝えようとしていたのには少ながらず感銘を受けた。 
こう、芸術鑑賞とか 絵を見るということはなんら緊張することではなくて それこそ肩の力抜いてありのまま見ればいんだと思うと俄然ほかの絵も見たくなった日でした。
そうなると、マティス展の500円のオーディオガイドはよかったかも。 (今度からはガイド聞いてから絵を見るんじゃなくて、絵を見てからガイドを聞こう〜っと 当然か)
あ、そういえばマティスのポスターを同期の子の家に忘れてきてもた!!

この記事を書いた人

花城 康貴
花城 康貴
1978年生まれ。特定非営利活動法人フローの代表理事。リクルート新卒入社後、新規営業から商品企画、ネット集客を経験、2010年退職後、自身で通販サイトをオープン、2013年大阪に帰阪、2016年に教育事業を開始。2018年6月スウェーデン訪問時にSDGsに触れ大きな衝撃を受ける。好きな言葉は、「一燈照隅 万燈照国」SDGsの理念と似てるなと感じています。

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